ゲリラ豪雨

 

ポツ・・・と窓ガラスを打つ小さな音がした。あれ、陽が射してるのに狐雨? と思う間もなく、バシバシバシッ・・・と凄まじい音が。ワッ、雨! すぐにベランダに飛び出すと、頭上は真っ暗。ツララみたいに太い雨が、白くきらめきながら垂直に降ってくる。夢中で洗濯物を外して抱え室内に逃げ込んだけど、その時はもう雨は小止みで、雲間から夏の陽が眩しく射していました。今日8月23日の午前のことです。

 

“ゲリラ豪雨”。ほんの一瞬で洗濯物をぐっしょり濡らし、あっという間にかき消える逃げ足の速さを、リアルに捉えた言葉です。誰が名付けたか知らないけど、それから流行語大賞に選ばれて十数年、今はもう当たり前のように使われています。そう、以前は狐雨、夕立、白雨、驟雨など優雅な言葉があったけど、今はもう古語辞典に納められそう。言葉が古くなったというより、気象の方がどんどん進化(?)しているんですね。いずれもっとリアルな新語が登場してくるのでは、と思ってしまう、年々熱帯化している日本の夏です。

 


実はつい昨日も、出先でゲリラ豪雨に見舞われたばかり。『柳橋ものがたり』の次に書こうと決めた、“吾妻橋(大川橋)”界隈の取材に出かけた午後のこと。しばらく川端を歩いてから、浅草寺の仲見世通りに入った時、ポチッ・・・と雨が。嫌な予感がして見回すと、通りにはいかにも陽気そうな外国人男女がぎっしり。私は人混みをかきわけて、急いで境内を突ききり、浅草寺の大伽藍に飛び込んだ。とたんにザザザツと雨が追ってくる。階段を駆け上がり高い所から見下ろすと、境内は蜘蛛の子を散らすよう。広重の浮世絵「大はしあたけの夕立」とは、ずいぶん趣の違う現代の雨の光景に、しばし見とれました。

 

甲子園で慶応高校が優勝を決めたのは、そんな天候不順の猛暑の夏の、今日の夕方です。私はさして高校野球のファンでもないけど、慶応の地元日吉の住人です。学生さんはいつもぞろぞろ群れて騒がしい一方、落とした財布を拾って交番に届けてくれたこともあり、浅からぬ縁で俄かファンになりました。今日も決勝戦を見てから掛かりつけの整骨院に行ったけど、いつも慶大運動部の学生で混んでるのに、この日はガラガラ。駅で学生が騒いでいる、テレビクルーが商店街を走り回っている、など噂だけが飛び交っていました。

 

▲歌川広重『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』。隅田川にかかる"大はし(現新大橋)"で急に振り出した夕立に、両岸に急ぐ町人たちの様子を描いた。橋の向こう側が"あたけ(安宅 )"地区。


 

「ビールとセール品以外は、5%引き」の張り紙を見たのは、マッサージの後に寄った、近くのリカーショップ。アマチュアスポーツではこういう優勝祝いは禁じられているが、店主があえて禁を破ったのだとか。その心意気に感じて、一袋買うつもりのナッツを、三袋ゲット。次に自然食品の店に寄ると、一枚百五十円の揚げたてコロッケが百円に。二枚買って駅に向かうと、駅と東急ストアをつなぐ広いフロアに、何と学生がぎゅう詰めです。午後から集まって来て、優勝が決まるやどっと膨れ上がったとか。号外が撒かれる、駅の電光掲示板に祝い文が出る、それを写メールしようと大勢が群がる・・・等々で大変な騒ぎだったと。「お客様が迷惑してるから、外に出て下さい」と駅員さんがハンドマイクでがなりたてる。その側を東急ストアに向かうと、噂が耳に入ってくる。「居酒屋で、一杯サービスしてるらしい」「トンカツ屋 さんも・・・」「焼き鳥屋さんも・・・」。

 

“ゲリラ豪雨”が、いつも静かなこのベッドタウンに降ったのです。

日吉に住んで四十年このかた、一度もこんな騒ぎは見たことない。いえ、百七年、なかったのでしょう。ひとえに“甲子園”の威力なんだとか。夜のテレビニュースで見た限り、優勝が決まると、慶応キャンパスの向こうに美しい虹がかかったとか。