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カミナリ見舞

 

八月に入ったばかりの日の昼過ぎ、晴れていた関東地方の空は急変し、大変なカミナリに見舞われました。皆様、いかがでしたか?

昼の天気予報が終わったころ、陽が急に翳ったのでベランダに出てみると、北東の空-----隣町の武蔵小杉に林立するタワーマンションのはるか彼方の地平線に、真っ黒な雲が立ち上がっていました。あれは埼玉辺りか。ま、雨雲は大抵は北に去るから横浜までは来るまいと、のんびり観測して部屋に戻ると、「神奈川東部に竜巻雲が接近中」とTV画面に速報が。

神奈川東部って、もしかしてこの辺り? あの黒雲の正体は立巻雲? そういえば何年前だったか、あの方角に竜巻が発生して、その黒い渦巻き状の影がしばらく空に残っていたっけ。

 


驚いて再びベランダに飛び出すと、黒雲はたしかに近づいて来ている。北上せずに、南下して来たのだ。私は慌てて洗濯物を取り込み、大鉢を隅に寄せ、小さな鉢は室内へ。ガーデンチェアの脚を紐で結んで固定し、大きめのヒバの木を柵に縛りつけ-----。日ごろ動きの鈍い私が、この時ばかりはまるでコマネズミのよう。汗びっしょりで一仕事終えたとたん、ゴロゴロと遠雷が聞こえた。室内に逃げ込むと、追いかけるように大粒の雨が窓ガラスに吹き付けてくる。その固い音からしてヒョウ混じりだろう。あちこちの窓を閉め切った時、頭上でガラガラッ-----ときた。心身が縮み上がった。TVで、この東部を襲う幾筋かのイナズマを映していました。

 

ちなみに、私の体験したカミナリランキングからすると、恐ろしいとはいえ、これがトップではない。これまでで最も物凄かったと思うのは、平成十一年七月二十一日のもの。なぜ詳しく覚えているかというと、この激しいカミナリの最中、評論家江藤淳が、鎌倉西御門の自宅浴室で、剃刀で手首を切って自殺したからです。もちろんそんなことは知らない私は、まるで何台もの大型トラックがドスンドスンと空から落ちて来たような雷鳴に怯え、浴室に飛び込んでいた。怯える猫を抱いて----というのは真っ赤な嘘で、怯える私の後を追って、猫も飛び込んで来た。そして少し経ってTVニュースで、江藤氏の訃報を聞いたのです。あの時の雷の凄さと、この衝撃的なニュースは一体となって、今もって忘れられません。

 


さてこの日、雷は暴れたけれど竜巻にはならなくて、雨の上がった夕方、東の空に昇った満月が、橙色で美しかったこと! 一夜明けて今日、炎天下のベランダに出て、縛り付けていたチェアやヒバの木を元に戻したのだけど、何とまあしっかりと結んであることか。炎暑地獄の中で、手こずりながら結び目を解いたり切ったりして、またも汗みどろ。そういえば、今年の夏は観測史上最高の暑さだとか。

 

「昨日の雷はいかがでしたか? タワマンでは、さぞやスペクタクルだったことでしょう」。麻布十番のタワマン上階に住む男性に、そんなカミナリ見舞いを出したら、すぐに返メールが。

「いやあ、怖かったよ! 雷は鳴るは、大雨が叩きつけるは! 一番酷かったのは稲妻。あちこちで光り喚き、このおっきなガラスを突き抜けて、自分に襲いかかってくるような怖さに震え----」

ジージージー、シャギシャギシャギ-----と、昨日は静まっていた蝉が一斉に鳴き出し、やれやれ、いよいよ暑い夏本番の始まりでした。