· 

噓から出たまこと――木苺忌異聞

 

「-----また皆様で、お会いしたいですね。来年の今頃、かれの好きだったラズベリーにちなんで、“木苺忌”なんていいかと----」

十月初めの氷雨の降る日、そんなメールがひょっこり届きました。古い友人で、以前、漫画誌の編集長だったカケイさんから。共通の友人・岡崎英生さんが数ヶ月前に亡くなり、つい最近、私が呼びかけて新宿で開いた“偲ぶ会”で、共に献杯したばかりです。

 

木苺忌(きいちごき)。素敵なネーミングです。フリーライターとして多忙な日常を送りつつ、休日は“週末ファーマー(農夫)”に徹していた岡崎さんに、ぴったりです。ただ-----。カケイさんは勘違いしておられたようで。故人が愛したのは、ラズベリーでなくラベンダーでは? 富良野に何度も取材を重ね、『ありがとうラベンダー』という著書もある。もし名づけるなら“ラベンダー忌”が妥当では?

 

でも勘違いから発したにせよ、“木苺忌”に私は一票投じたいと思った。“ラベンダー忌”ではお洒落すぎるし、カタカナはしっくりきません。和名は“薫衣草”だから、親しみにくい。その和名に“ラベンダー”とルビを振る? うーん、それもねぇ。といって、何の根拠もなしにいきなり木苺忌では、説得力がないでしょう。いつか故人と、ラズベリーや野いちごの話をしたような気はするけど、特別の言葉を聞いた記憶もないのです。

そんな事情を説明し、「木苺忌にしたいけど、裏付けがないので」とギブアップメールを送ると、すぐ勘違いを陳謝する返メールが届きました。「ただ----花好きの故人が、ラズベリー嫌いとは考えにくい。物書きの貴女が、理由づけのエピソードを創作するのは朝飯前では?」 

▲木苺(ラズベリー)
▲木苺(ラズベリー)

▲『しなの川』岡崎英生作、上村一夫画(全3巻)▼宿泊型貸農園での12カ月を写真と文で綴った『畑のおうち』。

 

言われてみれば、たしかにそうかもしれません。

1970年代、劇画作家・上村一夫と組み、『同棲時代』『しなの川』等の原作者として大ヒットを飛ばし、’80年代には、写真週刊誌『フォーカス』のトップライターとして、あの騒がしい時代を駆け抜けた岡崎さん。そんな過酷な日々の毒消しのためか、休みには信州四賀の“家付き貸し農園”に通い、花と野菜作りを楽しむこと二十年。筋金入りのファーマーでした。可憐な木苺を愛さないわけはなく、そう書いたところで何の問題もないのでは? そう私は思い始め、ウソ話をこね上げることにしたのですけど-----。 

 

どうも才無くして、これはすぐに頓挫。ギブアップメールを書こうとした時、ふと思い浮かんだのが、十年前の故人のエッセイ集『畑のおうち』。たしか写真付き大判の絵本仕立てで、そこに四賀村の十二ヶ月が描かれていたと----。すぐに本棚を漁り、奥から蜘蛛の巣を払って取り出し、パラパラめくってみた。ありました! 庭の作物地図にはベリー類を植えるコーナーがあり、こんな文章が__。

「ラズベリーなどの-----ベリー類は、さほど手をかけなくても毎年豊かに育ってくれるので、庭に2〜3本あると楽しい」

そうでした。どうして思い出さなかったのか。前に読んだのに、すっかり忘れていました。頭の底の本当の記憶が、何とかここまで頑張ってくれたのでしょう。 


この騒ぎは、それまで思い至らなかったことまで、考えさせてくれました。最期に故人は、樹木葬を遺言したとか。「なぜ?」と、その話を聞いて私は不思議に思った。長男であり、故郷には両親のお墓があるのに。でもこの美しい本を丁寧に読み直すと、その謎が解けていくよう。

“もの言わぬ土”や“農”を愛したかれは、自らも土に還ってその先に再生を夢見たのでは-----と。