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戦場ジャーナリスト

 

あら、雪? スーパーを出ようとした時、一瞬そう思った。外に出てみると、ガラス戸の向こうに白い雪のように見えたのは、咲き始めたばかりの土手の桜。季節が巡って、誰にも騒がれずにひっそり咲いたのです。でも確定申告や締切りやらでアタフタしてる私は、この変哲もない桜に、何か癒しを貰ったような気がしたのでした。

 

ところで昨今、T V画面を騒がせているのは、ウクライナ侵攻の報道番組。今こんな非道がまかり通っているのか、無辜の民への無差別攻撃が許されるのか----等々、いつも信じられない思いで見ているのだけど、先日、その画面に現れた人を見てエッと驚いた。私個人としてはお久しぶりの戦場ジャーナリスト、佐藤和孝さん。

 

 佐藤さんが、我が家に遊びに来ていたのは三十年近く前のこと。まだ三十代前半で、戦場カメラマンと称していたように思う。ところがどこかの紛争地帯でカメラもフィルムも盗まれてしまい、絶望した末に「書けばいいのだ」と思い至り、“ジャーナリスト”になったとか-----。海外が多いため、いつしか疎遠になったけど、その後もアフガニスタンやシリア、イラクなどのT V中継でよく見かけました。今、ウクライナ入りしてキーウ(キエフ)やリビウの街頭に立ったとしても、驚くには当たらない。でも遠国を映した悲惨な画面中に、突然知り合いが登場しその生の声を聞いて、何だか全てがさらにリアルになって、身につまされる思いがしたのです。

▼日テレNEWSより 佐藤和孝氏の取材レポート

上/ウクライナ情勢 市民が火焔瓶作製

下/混迷深める"アフガン情勢"「もっと広く世界を見て」


▲「戦場でメシを食う」佐藤和孝著 新潮新書 770円(税込)

電子書籍660円(税込)もあり。

 それにしても頑張ってますね、佐藤さん。我が家に見えた時、“茄子のシギ焼き”を美味しいと褒めてくれたのを、思い出します。でもその著書『戦場でメシを食う』(新潮新書)には、熱帯密林で食べた内臓まで汗をかく激辛のココナツカレー、闇の中で手づかみで食す得体の知れぬ闇メシ----等々、凄いゴチソウが書かれています。

また戦場では、一刻一刻が死と隣り合わせ。泊まっていたホテルが爆撃され、銃弾は隣の部屋を破壊し、その宿泊客の命を奪ったとか。さらに内戦のシリアを取材中に、それまで行動を共にしてきたパートナでジャーナリストの山本美香さんを、目の前で銃撃されて失なったことは、当時の新聞やTVで報道されました。

 

そんな目に遭っても、どうして続けられるのか。彼はこう書いています。初めての戦場取材はアフガニスタンで、24歳。何の経験もないカメラ片手の若造をそこに向かわせたのは、そこが戦場だったから。自分や世の中への激しい渇望と、何かの衝動に駆られてのことで、戦争反対や世界平和のためじゃなかったと。 未知のことへの恐怖より、それを知りたい好奇心が勝ってしまうのだと。

 「このジャーナリストという仕事に就いて以来、歴史が動くその瞬間に立ち会えると、ある種痺れがくるほど快楽を感じる。それで危険な目にあったとしても、ジャーナリスト冥利につきるというもの。----自分が信じた道で斃れることは本望と言っていい」


ベテランの戦場ジャーナリストとして、覚悟が違う。そんな佐藤さんを破壊されたキーウ(キエフ)の街に発見し、ついよしなしごとを書いてしまいました。どうかいい取材をして、ご無事で帰って来てください。

 

日本は桜の真っ最中。そういえばこの一月、『桜』という“文豪怪談アンソロジー”(ちくま文庫)が出ています。桜を見ながら楽しんでください。私の作品は『人形忌』。