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台風一過

 

台風一過の朝。まだ生暖かい風が吹くベランダで、散った木の葉を掃いたり、移した鉢を元に戻したり----。逆走台風で、瞬間最大風速ン十メートルと騒がれた割に、さしたる事もなくてやれやれです。

汗だくで動き回っていると、突然どこからか、ギイギイギイ-----と異様に野太いセミの声が。クマゼミでしょうか。アブラゼミやヒグラシが寄ってたかって声張り上げても、とても追っつかないうるささです。

 


 ああ、これ、どこかで聞いたことある、と思いました。関東ではあまり馴染みがないけど、関西では珍しくない。この時、ふっと思い出したのは、十何年か前に四国高松で聞いた、クマゼミの大合唱でした。

それが何故、印象的に耳に残ったかというと-----。

 

その暑い夏の日、私はある彫刻家の邸宅を訪ねたのです。高松を拠点とする彫刻家、そう、ごぞんじ流政之(ながれまさゆき)さん。

いえ、取材じゃありません。私の年上の女友達に、流さんと親しい女史がいて、この高名な彫刻家を訪ねる“ツアー”を計画し、一年ごしで実現させたのでした。メンバーは、女史と私を含めて四人(男性一人)。みな彼女の友人で、期待に胸わくわくの旅でした。

お宅は瀬戸内海を見下ろす庵治半島にあり、工房と、美術館と、住居を兼ねた、赤レンガ作り三階(?)建ての豪邸です。このお城のように広い邸内を、上機嫌で説明しながら案内してくださった流さん。

黒地に金筋の入ったキャプテンハットを被って、颯爽としておられ、さながら「流号」の船長の風格でした。ゆっくりと邸内見学を終えると、海の見える広いリビングへ。

食卓には高価そうなワインがずらり。付属のキッチンには食材が山ほど用意されていて、適当に何か作ってほしいとのお達し(流さんは独身なり)。料理好きの私が包丁をふるい、皆が手伝ってくれ、たちまちざっくりとシンプルな三〜四皿が。大宴会が始まりました。

 

同行の男性は流ファンだったし、私も毎日新聞の「男の履歴書」を読むなど、にわか勉強はしてきました。お宅へ乗り込んで「防人」など代表作をじかに見て、みな気合が入り、伺いたいことが山積みです。

ところが、いよいよという頃合いになって、思わぬハプニングが-----。

突然もう一人の女性が、バッタリ倒れてしまったのです。緊張や興奮で、ワインを呑みすぎたんでしょうが、それにしても-----。海風の通るベランダに連れ出し、介抱に大わらわ。せっかく盛り上がりかけたのに、どうも落ち着かない。結局、タクシーを呼んで、予定より早めにホテルに引き上げる羽目に-----。何とも竜頭蛇尾な夜でした。

 

翌日、ホテルから強い陽の中に出た時、街路樹や、頭上の電柱で、あのクマゼミの大音声が-----。高松って何て所だろうと思い、気落ちしていた耳に焼き付いたその鳴き声は、今も忘れません。

思えば流さんの訃報を知ったのは、つい少し前のことでした。

暑かった今年の七夕の夜、あの岬の邸宅で、静かに九十五年の生涯を終えられたと。まさに台風一過の思いです。