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古書街を行く(2)


 

 その日も、いつものように神保町交差点から、駿河台下方向へブラブラと。薄日が射すむし暑い午後で、すれ違う“古書街ウオーカー”には、Tシャツ姿の外人が多かったです。

 

 道沿いの古書店を軒並みのぞいていき、三省堂5Fの古書コーナーをざっと見てから、隣のビルの古書モールへ。ここは雑然として、整理不行き届きで、探しにくいことおびただしい。でもたまに、欲しい本が無造作に積まれていたりするので、スルー出来ないのです。

 この日は収穫なしとして、早めにエレベーターに。でも1Fに開く直前、扉の向こうで、鋭い男性の叫び声が聞こえた。何かあったのかな、刃物持った男が踊り込んで来たら----と一瞬ドキッとしたけど、扉が開いて入れ違いに乗ってきたのは、スマホ片手の若い学生風です。

 

 しかし、向こうの三省堂裏テラスで、二人の男が揉み合っていました。二人とも押し黙って無言です。やや小太りのカーキ色チノパンの中年男性が、黒っぽいスーツ姿の若者に後ろ手に両手を押さられ、ゆらゆら体を大きく揺らしている。

「日中から酔った上司を、若い部下が支えている図?」

 福々しい(一瞬そう見えた)顔に薄笑いを浮かべており、押さえる方は眼鏡のサラリーマン風だったので、ふと思ったものの、いえ、それにしては-----。スーツの人は、小柄ながら圧倒的な腕力で、中年男性を押さえてグイグイと店の方へ押して行く姿は、プロ級です。

 

「万引き?」ようやく思い当たりました。

 たぶん店の敷地を出て、すずらん通りに踏み出したとたん、「御用」となったのでしょう。その証拠かどうか、テラスの端に二冊の本が落ちたままでした。人通りは少なく、見てる人は私を含めて二、三人。

 ひっそりと静かで、のどかな白昼の無言劇でした。

 

 さて私はといえば、大雲堂で一冊、明治ものを買っただけで、収穫なし。その上、家の鍵を忘れて出て来たことに気づき、少し寄り道して帰らなければならず、何だか落ち着かない。その後、すずらん通りを二、三軒のぞくうち、ラッシュの時間が迫っています。今日はツイてなかったと諦め、例によって「ま、近いうちに、また来よう」と唱えて、五時前の地下鉄に乗ったのでした。

 

 それにしても、落ちていた本のタイトルも見ずに、そそくさとあの現場を離れるなんて、私もヤキが回ったものです。

 名誉と引き換えにしても欲しかった本って、何だったのでしょう?