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真夏の珍事

八月末の暑い午下り、こんなことがありました。エアコンに浸かって仕事してると、無人のリビングで人声が----。行って見ると、

「ピッ、電池ギレデス、電池ギレデス」とどこからともなく機械音が流れてくる。音を辿った先には時計があった。へえ、こんな音を出すんだ、と驚きながら単三2個を入れ替えて、はいお終い。

 

-----のはずが、五分たたぬうち「ピッ、電池ギレデス----」。驚いて辺りを調べまくると、どうも台所のコーヒーマシン『デロンギ』ではないか。だが点検してみると電池は見つからず、説明書にも記述なし。コールセンターはもう時間切れ。この最中にも、あの耳障りな機械音は続いています。やむなく、困った時のお救けマンA氏に電話。世話になってる車屋の社長で、このマシンを勧めた張本人です。「えっ、そのマシン、喋るんですかあ、僕は十年使ってるけど一度も喋りませんよ」と A氏は驚き、あれこれ指示してくれた。 

 


が言われるままに試しても音は一向に消えない。「デロンギの知り合いに連絡してみる」と電話は切れ、気がつくと室内はもう薄暗い。やがて電話が鳴り、「そのマシン、絶対に喋るはずないです。電池使ってないそうだから!」。デロンギでなきゃ何なんだ? 

 

電話の向こうとこちらで、焦りがひしひし。だが幾つか試すうち、その一つがヒットした。

食器収納台上のマシンを食卓に移動させたら、機械音は、元の台から聞こえてきたのだ。犯人は台の中だ!私は台の扉を開け、中に頭を突っ込んだ。しかし確かにここから聞こえてくるのに、何もない。諦めかけた時、台の横に赤いものが。「あれ、ここに消火器がある」と叫ぶと、「それだっ!」と A氏は色めき立った。「喋る消火器があるんですよ、調べてみます」とスマホを一旦切り、数分して掛かってきた。「製造元へ送れとあるけど、どうも音の消し方が-----。なに、そのまま送ればいいです。古タオルで巻いて、ダンボールに入れて送りつければいいんですよ」

だがギイギイとのべつ叫びたてる消火器を、どの配送店が受け付けてくれるだろう。私は別の戦術を考えることにして電話を切った。残るは一つ、消火器に書かれた製造元に問い合わせることだ。

 

祈るような気持でダイアルすると、運よく女性が出てくれたが、「その消火器は、電池を使ってませんよ」「え-----」「でも、あの、ちょっと天井を見てくれますか。丸い物がありません?」初めて天井を仰ぐと、丸い小皿のような物がぺたりと、それもデロンギの真上に、貼り付いているではないか。「あっ、ありました!」火災探知機だった。やっと了解した。音は上から降ってきて、あちこちに反響していたのだ。礼を言って電話を切った。すぐ懐中電灯をかざして台の上に乗り、皿の表面を点検。小さな文字は読めないが、“警報止め”と書かれたボタンが見え、エイとばかり押した。赤ランプが点滅し、やれ嬉し、音はピタリと止んだ。

 

その夜は安らかに眠った-----はずが、「ピッ、電池ギレデス、電池ギレデス-----」とけたたましく響き渡ったのは真夜中のことだ。私は飛び起きて台に上がり、警報止めボタンを押した。でも、ど、どうなってんの、何度押しても止まらない! 音は響く、ランプは点滅する。もう夢中で、その皿をぎゅっと捻った。ビクともしない。だが天井も墜ちよとばかり渾身の力で捻り続け----捻じ切った。右手に掴んだ皿には、パナソニックのリチウム電池が一つ入っているだけ。だがランプは、天井から離れても、憎しみに満ちて赤々と点滅し続ける。このままでは、また叫びたてるのでは。そう思った時、初めてザワリとして、電池をもぎ取って皿から出した。やっと赤ランプが消え、辺りは深い夜の静寂に戻ったのでした。

 

かくて珍事は終わったのです。『2001年宇宙の旅』のコンピュータの反乱を、ちょっと思い出したりした真夏の夜でした。