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こんな日は"南北"を観よう


 午後からゲリラ雷雨が襲ったお盆の入り日、「八月納涼歌舞妓」を観てきました。演目は鶴屋南北の『盟(かみかけて)三五大切』。ゴロゴロと唸る真っ黒な雲の下を、早めに駅へ。ザッと降り出した雨と、凄まじい稲妻を、車窓から見る決死行でした。ミーハーとはいえ、南北といえば心騒ぐ私。雷は落ちても、お芝居は見落とせません。それにこの演目は、こんな日に観るのがリアルでしょう。

 

 そう、『三五大切』は、とても凄惨な復讐譚なんです。 いなせな船頭三五郎(獅童)と、女房の芸者小万(七之助)がグルになって美人局を演じ、田舎侍の源五兵衛から大金を巻き揚げる。騙されたと知った侍は復讐の鬼となり、寝込みを襲って五人を斬り殺し、愛する小万の首を刎ね、その赤ん坊まで殺してしまう。そこに忠臣蔵の討ち入りのストーリーが絡んで、大詰へ------。このイケメンを演じるのが、襲名したばかりの松本幸四郎(旧染五郎)で、この残虐劇をどう“楽しく美しく”見せるかが、見どころです。

 

 思えばこの演目を初めて観たのは、もう二十数年も前でした。 源五兵衛は、今は亡き市川團十郎。かれの演じる“復讐鬼“には何ともいえぬ哀しさがあり、特に斬り取った小万の首を抱え、折からの雨に番傘をさして花道を去るシーンの哀感は、今も忘れられません。次に片岡仁左衛門で観たのが十年前で、そのゾクッとくる残虐シーンの美しさ、鬼と化した男の放つ孤絶感は、何とも感動的でした。

忠臣蔵で有名な江戸城松の廊下跡の石碑( 皇居東御苑内)
忠臣蔵で有名な江戸城松の廊下跡の石碑( 皇居東御苑内)

 

 それに較べ------いえ、あの両巨頭と較べるのは酷というもの。幸四郎の源五兵衛は少し線が細かったけど、美しかったし、脇を固める獅童と七之助がなかなか素晴らしかった。ただ、あの雨のシーンはもっとザアザア降りで、もっと情感があってもいいんじゃないですか。

 

 初めてこの芝居を観た時は、「何だか変お芝居」と思ったものです。というのもこの殺人鬼が、実は塩谷浪人(赤穂浪士)であり、大詰で討ち入りメンバーに迎えられ、天晴れ“忠義の義士”になって、めでたしめでたし-----となるのだから。そこに「アンチ忠臣蔵」の痛烈な皮肉が込められているとは、浅はかにも読みとれなかったのです。

 

 南北には“仕掛け”があると悟って、がぜん面白くなりました。

 表のストーリーでは、平然と「忠臣蔵礼讃」の大向こうを喜ばせ、“義のためには色々あっても仕方ない”と納得させてしまう。でもその裏には「キミ、変な芝居と思ったって? ふむ、それでいいのだよ」とうそぶく、冷徹で、機略縦横な南北がいるのです。幕府がまだ睨みを効かしていた文化文政時代に、そんな不敵な芝居を作った南北って、今更ながら凄い人ですねえ。

 

-----ふうっ、この複雑なお芝居を、この短かさでダイジェストするのは、難しいです。でも『三五大切』は一見の価値あり。もっとニュアンスに富んでいて、面白い仕掛けで笑わせてくれるから!