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人生の応援歌


 ザザ降りの雨の午後、思い立って横浜の某デパートへ。

 駅と繋がっていて濡れずに行けるし、“サマーバーゲン”のハガキが届いて、買いたい物があったのです。そのデパートは半年ぶりです。でも行ってみると、どの階も閑散としていて、セールをしてる気配が全くない。日にちを間違えたかとふと不安になったけど、そうか、バーゲンは最上階の催会場なのだ、と気づいて一安心。

 

 静かなので、ウグイス嬢のアナウンスがよく聞こえます。

「お客様に申しあげます。店内に、スリの被害が発生しております。お荷物やお身の回りには、充分お気をつけくださいませ----」

 おやまあ、こんな日にスリなんて。でも雨傘や、雨コート、雨靴などで、身辺が何だか落ち着きません。気をつけなくちゃ----。

 

 続いてまた、新たなアナウンスです。

「最近、お買い物カードの詐欺が、大変増えております。カードを更新すると偽って電話し、銀行の口座番号や暗証番号を聞き出す手口です。当店では、お客様に、そのようなお電話をすることはございませんので、決して暗証番号を教えたりなさいませんよう-----」

 ピンポンパンで終わると、辺りはシンとしていて、誰も聞いてないみたい。するとまたまたアナウンスが----。

 「皆様にお願い申しあげます。店内で、八十五歳の女性の行方が分からなくなり、家族の方が探しておられます。もし、花柄のブラウスに黒いカーディガンをめされたご婦人を見かけましたら、係員まで-----」

 やれやれ、とだんだんユウーウツに。こんな日はハワイアンか何か、もっと明るくて、心はずむ音楽を聞きたいもんです。

 

   催会場に辿り着いてみると、売り場の半分までが、型の古い“おばちゃんルック”のオンパレード。あとの半分はお中元セールでした。ガーン。お中元セールが狙いなんだ。思えばまだ六月半ば。ハワイアンや、赤札ひらめく全店あげての夏物セールは、もっと先なんです。何だか騙されたみたい-----。こうして勝手に勘違いして、雨の中、沿線の町から出てくる、ボウっとした人を相手に、スリも活躍してるのかも。あれこれ思うと腹立たしく、何も買わずに帰ることに----。


  

 一流デパートで目にした、どこか荒涼とした午後の光景。何だか気が滅入って、帰りは窓車の雨景色をぼんやり眺めるばかり。そのうちふと浮かんだのが「あめあめ、ふれふれ、母さんが-----」。そう、北原白秋のその歌の何番目かの歌詞、ちょっと笑えるんです。ずぶ濡れで泣いている子に、「きみきみ、この傘さしたまえ」なんて大時代な言い方がね。あの時代は、それで普通だったんでしょうか。でも濡れていた子は泣き止み、母さんと相合傘で帰る子は幸せそう。ピッチピッチチャップチャップ-----のはずむリズムに乗って、二人とも思いやりあるオトナに成長するだろう、と思える歌です。

 

 歌詞を胸で呟くうち、何だか私も元気が出てきて、「人生、悪いことばかりじゃないさ」と思えて、ランランランと家路を辿ったのでした。これってもしかしたら、人生の応援歌?